【石を切り出す】
(出典・引用:三省堂図解ライブラリー 『中世の大聖堂』)
中世には大聖堂をつくるのにいちばん長持ちする材料といえば、石でした。まだ都市のなかの大部分の住居は木造でしたが、大聖堂だけは石造となっていました。しかし司教や人々の望むような巨大な大聖堂を石でつくるには、上質でかたちの整った切り石が大量に必要でした。人里離れた山奥の石切り場におおぜいの職人がいつも働き、石を安全に大聖堂の建築現場まで運ぶには、中世の社会が安定して、商業が発達し、人々が自由にヨーロッパ中を行き来できるようにならなければなりません。
11世紀はそれができるようになった時代でした。
フランス産の石材イメージ(写真引用:ishirabe.comより)
石は石切り場から切り出され、苦労して平地に運ばれましたが、それには人力や動物の力で動かすクレーンや滑車を用いました。
石の切り出しは骨の折れる危険な仕事でした。石切り人夫たちは砂ぼこりや湿気のために病気になったり、落石や地滑りのために恐ろしい怪我をすることもありました。こうした危険な仕事にもかかわらず、彼らの受け取るお金はほんのわずかでした。
ヨーロッパで最上の建築用の石材はフランスで採れました。それは値段が非常に高いものでしたが、これは石切り場から建築現場までの輸送の費用のためです。(中略)
写真上部が石工の道具です。
左から右の順に、斧やつるはしで、石の切り出しや形を整えるのに使うもの。かなづちやのみなど、石の表面を仕上げるのに使うもの。石を切るのこぎり。石工の使う桶で、上に吊り上げるための柄(把手)がついています。
多くの石切り場には鍛冶屋の炉があり(イラストの右上の左端の小屋です)、そこでは職人がいて石を切るのに使った鉄の工具の修理や研ぎなおしをしていました。
石工はロッジ(仕事場)と呼ぶ小屋で働いていましたが、これは雨や風、厚さを避け、仲間とくつろいだり話し合ったりする場所でもありました。都市の大聖堂建設現場にも同じような「ロッジ」が作られ、やがて「ロッジ」という言葉は石工たちの集会所の意味にも使われるようになりました。
大聖堂を建てるのに使う石をどのように切るか(上のイラスト)
まず石の塊をおおまかにのこぎりで切って形をとる―つらく疲れる仕事です。次に石工が塊の表面に一列の穴を掘りますが、これには先が星形ののみと木づち(重たいハンマー)を使います。
「フェザー」(特殊な鉄の工具、上のイラストに図があります)が次に穴の列に沿って金づちで打ち込まれます。これで石はきれいにきっちりと割れます。おしまいに、石彫り工が鋭いのみと軽い木づちで石のかたちを仕上げます。
石切り場で注文に応じてある程度まで石の形を彫っておくことは、運送費を節約することにもなりました。
今回の大聖堂建築についてはここまでで、次回、建築材料で二番目に重要と言われた木についてご紹介したいと思います。大聖堂建築の基礎工事についてです。。
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